- エロス
- フィリア
- アガペー
- 自分の愛し方を客観的にみられる
- 愛は変化することもある。無駄に悩まずに済む
恋愛に悩んだとき、大切な人ができたとき、私たちは、改めて「愛とは何か」について思いをはせ、考えてみたくなるのではないでしょうか。古今東西、古くは古代ギリシャ時代から人類は、「愛」について思索し、理解しようとしてきました。明確に分類するのは難しいものですが、西洋哲学の世界においては、愛は「3つの種類」に分けられるようです。哲学者・小川仁志さんに、「愛の種類」についてお話を伺いました。
愛の種類は3つ
哲学をはじめ心理学の分野まで、さまざまな人物によって「愛とは何か」、そして「愛の種類」「愛の形」について論じられてきました。6つ、8つの分類もありますが、哲学として本質を突き詰めると、愛の種類は3つに絞られると考えられています。
何によって分けられるかというと、自分と他者との関係における愛の比重。つまり、「他者より自分を思う」か、「自分と他者を同じように思う」か、「自分より他者を思う」かです。それが「エロス」「フィリア」「アガペー」と呼ばれる愛の概念です。
エロス
相手より自分を思う比重が大きい愛が「エロス」です。「エロス」は古代ギリシャの哲学者プラトンが論じました。「プラトニックラブ」とはプラトンの愛という意味で、純愛を示すもの。「エロス」という言葉にはいやらしいイメージを持つ人も少なくないかもしれませんが、本来は、理想や完璧なものへの憧れという意味での『愛』なのです。
憧れを抱いたり、理想を求めたりする愛し方は一方的なものです。そのため、自分にとって相手の気持ちは優先されるものではなく、「他者より自分を思う」愛と言えます。恋愛における愛というとわかりやすいかもしれません。
人間である以上は、完璧であることは不可能です。もし理想の相手と結ばれたとしても、手に入ってしまったら、「求めていた人は完璧ではなかった」とわかるわけで、その瞬間エロスたる愛は消えてしまうということになります。
しかし愛がなくなるかというと、全てがそうではなく、違う種類のものへと変わっていく可能性もあるのです。
フィリア
自分と相手を同じくらい思う愛、それが「フィリア」です。プラトンの弟子である哲学者アリストテレスが論じたと言われています。
日本語では「友愛」などと訳されますが、友人や仲間、さらには家族との間にも生まれます。自分がつらい思いをしているときに、「あの子もきっとつらいじゃないかな」と自分と同じように相手を思いやるような愛です。
「フィリア」にはさらに3つの種類があります。一つは、メリットがあるから相手と関係を持つ「有用ゆえの愛」。一つは一緒にいると居心地がいいからという意味での「快楽ゆえの愛」。そして最後が「善ゆえの愛」です。
「善ゆえの愛」とは、相手が幸せであること、ただそれだけを願う愛であり、これが本当の意味での「フィリア」なのだそう。自分に徳があり、善い人であれば、フィリアたる愛はずっと続きます。
アガペー
エロスとフィリアは古代ギリシャ時代に論じられたものですが、「アガペー」は、時代が下り、キリスト教で伝えられていた「無償の愛」、つまり「自分より他者を思う愛」です。
「アガペー」は、宗教の中に限定されるものではありません。例えば、親が目の前で溺れているわが子を、自分が助からなかったとしても迷わず助けようとする行動は、まさに「アガペー」と言えるでしょう。それは、宗教や国を超えた普遍的なもので、人間が本能的に備えた愛と言えるのではないでしょうか。
哲学的な「愛」の考え方を今に生かすとしたら?
究極的に愛の本質は「エロス」「フィリア」「アガペー」の3つに行きつきます。本質を知っていると、さまざまな問題や悩みの解決に繋がります。私たちの現実の中で、愛の種類を知っておくと、次のような場面で生かせるようです。
自分の愛し方を客観的にみられる
愛は恋愛関係、友情や夫婦、家族、人間関係の中に存在するものです。関係性を壊さず、よりよいものとして保つためには、自分の中にある「愛」がどういったものであるか見つめることがとても大切です。その時、「エロス」「フィリア」「アガペー」を知っていることが、自分の気持ちを客観的に理解する助けとなります。
例えば、本当は友情でいた方がいい関係性の中で自分ばかりが「エロス」の愛を抱いてしまったりすれば、相手と気持ちがすれ違ってしまいます。相手は無償の愛を求めていないのに、「アガペー」としての愛をささげてしまったら、相手にはとても重たく感じられるかもしれません。
相手との関係性においてベストな「愛の形」は何であるか、3つの種類を軸に振り返る機会をぜひ持ちたいものです。
愛は変化することもある。無駄に悩まずに済む
そして、愛の種類は同じ関係性の中で変化する可能性があるということも知っておきたいこと。
典型的なのは夫婦です。最初は「エロス」からスタートした愛は、結婚すると「家族として命をかけて守りたい」という「アガペー」へと変わることがあります。さらに、さまざまな苦難を夫婦が一体となって乗り越えていくうちに、人生の戦友のように感じる「フィリア」になっていくことも。
また、「エロス」と「フィリア」が同じ相手に対して同時に存在することもあります。
相手の愛の形がエロスからアガペーへ変化したときも、「最近、相手が求めてくれない」などといったように、無駄に不安になることも少なくなるでしょう。
「愛とは何か?」を考えさせられる愛の名言5選
古代ギリシャの時代から、多くの偉人たちが「愛」を論じてきたわけですが、その中でも愛を理解する上で知っておきたい名言を、小川さんが厳選してくださいました。
エロスは、よいものを永遠に自分のものにすることを求めているのだ。
―ソクラテス/饗宴
「永遠に自分のものにすることを求めている」というのは、「叶わないこと」の裏返し。好きという気持ちが一番盛り上がっているのが実は片思いの時だったり、手に入らないとわかっていてもアイドルを求めているときが幸せだったり……、「求め続けているときが一番幸せ」ということもあります。そんな「エロス」という愛を、よく表している言葉ではないでしょうか。
相手かたにとっての善を相手かたのために願うひとびとこそが、
最も十分な意味における親愛なるひとびと(フィロイ)たるのでなくてはならない。
―アリストテレス/ニコマコス倫理学
「善なる愛」であるフィリア(友愛)を言い表した言葉です。お互いが、共に相手の善(幸せや相手にいいことが起きること)を願い続けているような善い人である限りは、愛は永続するということを示しています。
変わらぬ愛とは一種の絶え間ない心変わりである。
―ラ・ロシュフコー/箴言集
人の心というものは変化しやすいもの。そんな特徴を逆説的に用い、心変わりしないでずっと一人の人を愛し続けるための秘策は、「常に相手のいいところや価値を見いだし続けること」=「常に心変わりしていること」と説いた名言です。
愛の始まりは、そして愛を感じるたびに、それは一種の歓喜である。
しかも一人の人間が今いることと、あるいはその追憶と深くかかわっている歓喜である。
―アラン/幸福論
アランは愛を歓喜と言いますが、歓喜とは何でしょうか。愛する人が今存在しているという幸せと、愛する人がいつかいなくなるかもしれないという不安(=追憶)と、相まみえる感情がコントラストとなり、それが一種の興奮状態、つまり「歓喜」に至るということ。相手を失うという不安がスパイスのように愛をより盛り立てるということなのかもしれません。
愛の対象を自分以下に評価するとき、その対象にはたんなる愛着を持つだけだ。
対象を自分と同等に評価するとき、それは友愛とよばれる。
対象を自分以上に評価するとき、ひとの持つ情念は献身とよべる。
―デカルト/情念論
これは3つの愛の種類をデカルトの解釈によって表現したものとも言えます。「エロス」が「愛着」。「フィリア」は同じく「友愛」、そして「アガペー」が「献身」となりますが、こちらの方が、それぞれの愛がどういったものか、イメージしやすいのではないでしょうか。
愛の種類は人の数だけある
愛にはさまざまな定義があり、人によって捉え方も変わります。
小川さんは言います。
「それなのに、人は愛という言葉のインパクトに惑わされてしまうこともあります。もし好きな人ができたとき、誰かを特別愛おしいと思うとき、その気持ちを“愛”という言葉でくくらず、自分の言葉で表現してみてはどうでしょうか」
愛という言葉に頼らず、具体的に言葉にしてみることで、自分の気持ちがどんなものかありありと見えてきたり、その愛に基づいてどんな行動をすべきかがわかるようになったりするというのです。そして、最後にこんな名言を残してくださいました。
愛の種類は人が愛した数だけある
―小川仁志さん
ぜひ、あなたの心の中にある気持ちや感情を見つめ、言葉として表現してあげてくださいね。
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取材・文/小松ななえ
【監修】
小川仁志さん
哲学者・山口大学国際総合科学部教授。1970年生まれ京都市出身。京都大学法学部卒業、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)、米プリンストン大学客員研究員(2011年度)、専門は公共哲学。商社(伊藤忠商事)、地方自治体(名古屋市役所)、フリーターを経た異色の哲学者で、「哲学カフェ」を主宰するなど、市民のための哲学を実践。各種メディアで活躍中。『前向きに、あきらめる。一歩踏み出すための哲学』『世界が面白くなる!身の回りの哲学――日常生活から人生、抽象的概念までを哲学する。』『ざっくりわかる 8コマ哲学』など著書も多数手がける。
公式ホームページ:http://philosopher-ogawa.com/
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